『音楽表現学』目次と要旨一覧

『音楽表現学』Vol.17

【原著論文】

三島 郁

H. リーマンの「ゲネラルバス」理論

—通奏低音演奏、機能和声、そして指感覚を整合する試み—

【要旨】 19世紀におけるドイツ語圏での「ゲネラルバス」という用語は、バロック期の「通奏低音」としてではなく、 和声理論にも使われていた。その延長上にフーゴ・リーマンHugo Riemann (1849–1919) は理論・実践書『ゲネラルバス 奏法の手引き(ピアノの和声練習)Anleitung zum Generalbass=Spielen (Harmonie=Übungen am Klavier)』( 1889–1917)を 出版した。彼はそこでバロック作品の通奏低音についての説明や実践課題も多く載せながら、さまざまな記号を駆使し て和声の機能面を強調する。  本稿では、この『手引き』の内容を、リーマンのゲネラルバスの使用法や和声理論教育の方法の観点から分析し、彼 のゲネラルバスの捉えかたを考察し、明らかにした。リーマンのゲネラルバス理論は、和音の縦の構成音を示すバロッ クの通奏低音の理論と、和音の横の流れを示す19世紀の和声理論という、一見逆のシステムをもつようにみえる二つ の理論に対して、それらを鍵盤上で実践する指の動きで結びつけることによって整合性をもたせようとしたものである。そのゲネラルバス実践には、機能和声という条件の下でも、指感覚を重んじながら「正しい」進行をすることが求められている。

キーワード: フーゴ・リーマン、ゲネラルバス、通奏低音、和声理論、古楽復興

【評論論文】

石原 慎司

唱歌の文化的位置付けに関する一考察

—自文化、伝統文化、古典に向けて—

【要旨】 唱歌はどこの文化的所産であるのか、これまで学術的な説明がなされてこなかった。その結果、教科書で 唱歌が日本の文化として明示されていないばかりか、外国曲と並んで単なる歌唱教材のひとつの扱いとなっていたりす る。一方で、国家政策や学習指導要領解説などの公文書には、唱歌を自文化に類する文言で記すことが増えてきており、 冒頭の問いに対する検証をすることが急務となっている。  そこで本稿では唱歌の文化的位置付けを明らかにすべく、文化の定義をルーマンの自己準拠的な社会システム理論に 求め、ここで示された文化の構成要素に基づき唱歌を検討した。その結果、唱歌は日本の社会から生み出されたもので あること、社会的課題の解決のために国家政策として唱歌を用いていること、そして、国民に広く受容され当該社会の 記憶が含まれているという3点がルーマンの定義に合致しており、唱歌は自文化であることを検証することができた。  最後に、伝統や古典の定義に基づき検討を重ねた結果、唱歌は時間的に伝統文化といえる域に達しており、中には古 典の範疇に入る可能性があるのではないかと思われる曲も存在することを示唆した。

キーワード:唱歌、自文化、伝統文化、古典、社会システム、ルーマン、ライス

【評論論文】

河本 洋一

日本におけるヒューマンビートボックスの概念形成

—世界的な潮流と日本人ビートボクサー“Afra”との関わりから—*

【要旨】 人間の音声を駆使した“ヒューマンビートボックス”という新たな音楽表現は日進月歩の発展をみせており、 海外では愛好者のコミュニティや研究者らの間で、活発な議論が展開されている。一方、日本では技術面への関心は高 いものの、概念形成に関する議論は不足しており、その拠り所となる日本語の資料が必要であった。  そこで本稿は、世界最大の愛好者コミュニティの様々な論考や世界初の解説書などが示す内容に、国内外の“ビート ボクサー”と呼ばれる演奏者らへの聞き取り調査の結果を加え、ヒューマンビートボックスの歴史的背景や音楽表現と しての様々な特徴や可能性を整理した。その結果、日本におけるヒューマンビートボックスの捉え方と世界的な流れに はずれがあったことや、ビートボクサーAfra(本名:藤岡章)が世界と日本との架け橋となり、日本におけるこの音楽 表現の発展に大きく貢献したことなどが明らかとなった。

キーワード:ヒューマンビートボックス、歴史的背景、特徴、日本人ビートボクサー、Afra

【研究報告】

大武 美千代

ベップルによるダルクローズ・メソッドの国民学校への適用

-『ジャック=ダルクローズの原理に基づく国民学校の歌唱授業の準備としての音楽性の要素』 (1910)を題材に- *

【要旨】 本報告は、ダルクローズ・メソッドを国民学校へ適用したポール・ベップルの著作に焦点を当てて論じたもの である。取り上げる『ジャック=ダルクローズの原理に基づく国民学校の歌唱授業の準備としての音楽性の要素(1910)』 には、ジャック=ダルクローズの巻頭文、ベップルの序文、ベップルによる練習内容が収められている。ジャック=ダ ルクローズは、リズムと聴覚育成を通した人間性の涵養としての音楽教育について論じ、ベップルは、7種類の方法で 全12レッスンの練習内容を著した。1910年当時、二人は国民学校における音楽教育改革を視野に入れており、本報告 で取り上げるこの共著は、新しい音楽教育が国民学校でなされていた傍証となる資料である。

キーワード:ジャック=ダルクローズ、ダルクローズ・メソッド、ベップル、学校音楽教育改革、人間性の涵養、聴覚 育成

【研究報告】

長山 弘

〈ライブ・コーディング〉による音楽表現の特質に関する一考察

【要旨】 本稿の目的は、プログラミングをパフォーマンスとして行う〈ライブ・コーディング〉による音楽表現を取り上 げ、それがどのような特質をもった行為なのかを考察することである。本稿では、これまでの定義を参照し、〈ライブ・ コーディング〉による音楽表現を、音楽を生成するためのアルゴリズムをコンピュータでプログラミングすること、また、 そのプログラムは演奏時にリアルタイムに作られ、実行されながら、同時に編集されること、さらに、プログラミング自 体がパフォーマンスの一部として位置付けられることといった特徴をもつ行為として定義し、それらがもたらす特質を検 討した。その結果、〈ライブ・コーディング〉による音楽表現は、プログラムの作成・実行、編集、終了と、音楽の作曲・ 演奏、変化、終了という一連の過程が対応して成り立っていること、また、表現される音楽のみならず、音楽をプログラ ミングする過程も、一般的なプログラミングとは異なった独自の観点から評価されるという、多様な価値観に基づいて実 践されていることを指摘した。

キーワード:ライブ・コーディング、コンピュータ音楽、アルゴリズム作曲、プログラミング、即興性

【書評】

大武 美千代

評者:宮本 賢二朗

Wilfried Gruhn:Anfänge des Musiklernens:Eine lerntheoretische und entwicklungspsychologische Einführung. (音楽学習の始め—学習理論的、発達心理学的な手引き) (Olms Verlag, 2010年発行,146頁,ISBN: 978-3-487-14475-7)

キーワード:幼児・初等音楽教育、発達と音楽、音楽と脳科学、音楽学習理論、音楽認知心理学

【批評】

木村 貴紀

不安定な土壌における音楽批評の立ち位置とは

キーワード:音楽批評、批評活動、齟齬、不安定な立ち位置、希薄な帰属性、価値基準、自律性