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『音楽表現学』目次と要旨一覧

音楽表現学 Vol. 11

【原著論文】

篠原 盛慶

エンハルモニウムに適用された音律―田中正平の「純正調」を読み解く―

要旨:1889年、物理学者の田中正平 (1862-1945) は、唸りの少ない協和性を追求し、エンハルモニウムの名で知られる1台の画期的なリードオルガンを製作した。この楽器は、「純正調オルガン」であると広く認識されている。しかし、田中とともに、当時の日本の音律研究を牽引した音響学者の田辺尚雄 (1883-1984) は、主著『音楽音響学』(1951) のなかで、エンハルモニウムに53平均律が用いられたことを示唆している。田辺は、同書でその根拠を示していないため、本当にそうであったかどうかについては、詳細な検証が必要となる。本論では、その検証と考察を行った。  その結果、田中の音律理論を集約した格子図に、彼の理論の基礎に53平均律が据えられていた可能性が確認された。また、田中の純正7度の代用音程の捉え方に、エンハルモニウムに53平均律が適用された可能性が認められた。さらに、エンハルモニウムの最大の独自性である移調装置に、同楽器に純正律が施されていない証拠を見つけることができた。以上から、田中正平のいわゆる「純正調オルガン」、すなわちエンハルモニウムは、実は53平均律を適用した楽器であったと結論づけることができる。

キーワード:田中正平、エンハルモニウム、53平均律

樫下 達也

1930年前後のハーモニカ音楽界の状況―小学校音楽教育へのハーモニカ導入史の一断面―

 

要旨: 本稿は、1930年前後のハーモニカ音楽界の状況を、1937(昭和12)年の東京市小学校ハーモニカ音楽指導研究会(東ハ音研)とその上部組織である全日本ハーモニカ連盟(全ハ連)に焦点を当てて明らかにし、小学校へのハーモニカ導入史の一断面を解明することを目的とする。具体的には、当時のハーモニカ界がおかれていた状況を如実に表す事象として、全ハ連の設立と、日本演奏家連盟との間で起った「ハーモニカは玩具か?」騒動に着目した。そして、どのような社会的音楽状況の下で全ハ連が東ハ音研を設立するに至ったのかを考察した。1930年以降に小学校にハーモニカ音楽が導入されるようになった背景には、学校現場からの内的な動機や要求だけでなく、「ハーモニカは玩具か?」騒動に象徴されるハーモニカ界全体の停滞的状況や、これを打開しようとするハーモニカ界の人々や楽器メーカーの思惑という学校外の音楽状況の存在が明らかとなった。

キーワード:ハーモニカ、1930年代、器楽教育、玩具、大衆音楽

【研究報告】

NISHIDA, Hiroko

Editions and Interpretations of Beethoven's Last Piano Sonatas at the Turn of the Twentieth Century  ABSTRACT: How did German-speaking musicians attempt to encourage contemporary pianists to interpret Beethoven’s last piano sonatas between the 1870s and 1910s? This study reviews editions and descriptions from that period. Beginning in the latter half of the nineteenth century, many instructive editions of piano compositions by German classical composers were published (e.g., H. von Bülow’s edition). In parallel, Beethoven scholars, such as A.B. Marx (1859), W. von Lenz (1860), and so on, focused on Beethoven’s piano sonatas and suggested ways to comprehend these profound masterpieces. In the next century, H. Schenker (beginning in 1913) analyzed these compositions. He strove for better interpretation and improved understanding. In Schenker’s discourse, one can observe the intriguing changes that occurred in the relationship that exists between the masterworks and their interpretations. In addition, it is possible to detect a type of ambiguity in Schenker’s judgment between the “original” and the “intrinsic” in these compositions.

Keywords : Editions, Interpretations, Beethoven, Original, Intrinsic

寺内 大輔

活動プロセス自体を主目的としたアマチュアオーケストラの可能性

―「音遊びオーケストラ in 安芸津」の実践をとおして―

要旨: わが国には、数多くのアマチュアオーケストラが存在している。そのほとんどは、普段の活動が演奏会等の本番を想定した練習として位置づけられている。しかしながら、2012年~2013年の9か月間、筆者が関わったアマチュアオーケストラ「音遊びオーケストラ in 安芸津」では、普段の活動プロセス自体を主目的として位置づけ、即興演奏を中心とした完結型の活動を行うこととし、活動日に集まったメンバーの楽器や技術をもとに活動内容を考えていくという方針をとっていた。それを実現するための環境として「気軽に楽器を持ち替えることができる」、「出欠を自由とする」、「指導者を置かず、調整役としてのファシリテーターを置く」、「動画投稿サイトYou Tubeへ公開する」を設定した。実践成果として、音楽経験や年代等多様なメンバーが混在した音楽実践を実現できたこと、楽器の技術ではなく即興演奏のための意識を高めることによってオーケストラの表現力が向上したこと、様々な活動を数多く行うことができたことが挙げられる。本稿では、「音遊びオーケストラ in 安芸津」の方針・環境と実践成果を考察し、それらが深く関係していることを明らかにした。

キーワード:アマチュアオーケストラ、実践形態、即興演奏、ミュージッキング

檜垣 智也

フランソワ・ベイルのアクースモニウムの構想―電子音響音楽の空間化手法に着目して― 

要旨: 本研究報告は、フランスの電子音響音楽の作曲家であるフランソワ・ベイルFrançois Bayle(1932-)が発案したアクースモニウムAcousmoniumを彼の言説並びに最初のアクースモニウムの図から読み解き、その特徴を明らかにしようとするものである。現在の電子音響音楽のコンサートにおける空間化手法は、聴衆を音響で包囲するようにスピーカーが設置されるアクースモニウムやマルチチャンネル作品が主流であり、それらは音像移動や仮想現実感を得ることが主眼となっている。しかしベイルの最初のアクースモニウムは、ステージ上にのみスピーカーが並べられていた。その意図を最初の図や写真、彼の言説を通して考察してみると、(1)上演空間内における音響の偏在の最小化、(2)毎回異なる上演環境への最適化、(3)イベントとしての祝祭性の強化の3つの特徴があることが判明した。つまり彼のアクースモニウムは、単なる装置ではなく、演奏者不在の電子音響音楽の在り方を根本的に見直すことで生まれた、新たな「演奏媒体」とでもいうべきものなのである。

キーワード:アクースモニウム、フランソワ・ベイル、アクースマティック、電子音響音楽、空間

宮本賢二朗

ドイツにおけるトルコ人移民の子どものための音楽授業

―Merktによる1970年代から1980年代初頭の基礎学校の教材・授業研究を中心に―

要旨: 本稿はドイツ異文化間音楽教育の黎明期である1970年代から1980年代初頭における外国人労働者、とりわけトルコ人の子どものための音楽授業の実践をイアムガルト・メルクト (Irmgard Merkt)の研究を中心に紹介し考察する。Merktは基礎学校用の教材を、知的な理解による「認知的な学習」と共通の音楽体験に基づく感情的な理解による「音楽体験と共感による学習」に分類し、異文化間学習では後者が優先されるべきであると主張した。この時期行われたハンブルク、ベルリン、フライブルクなどの大学による授業実践研究報告(Reiche 1980, Breckoff 1982, Daschner 1981)からはMerktの認識が当時の状況に即したものであったと判断される。Merktによるトルコ人児童のための授業モデルには異文化理解のための具体的な構成と手順が示されており、偏見のない学習環境の基礎を作るために非常に有用であると考えられる。このような授業モデルは日本における外国人児童のための授業研究にとって貴重な参照例であり、また授業において「音楽体験」による理解を重視する理念は、教育における表現の重要性を傍証するものと言える。

キーワード:異文化間音楽教育 ドイツ音楽教育 トルコ人移民 ドイツ音楽教科書

【第11回(イーハトーヴ)大会報告】をご覧下さい。

日本音楽表現学会 「会則」等諸規定