『音楽表現学』目次と要旨一覧

音楽表現学 Vol. 16

【原著論文】

宮川 渉

武満徹作品における雅楽の要素

—《ランドスケープ》《地平線のドーリア》《秋庭歌一具》の共通性—

【要旨】 武満徹の《秋庭歌一具》は雅楽の重要な作品として知られているが、この作品を書く上で下 地となった作品が二曲存在すると考えられる。それは《ランドスケープ》と《地平線のドーリア》で ある。本稿はこれらの三作品において、どのようなかたちで雅楽の要素が現れているかを検証するこ とにより、これら三作品の共通性を明らかにすることを目的とする。そのためにこれらの作品におけ る音組織と反復性の二点に焦点を当てて分析に取り組んだ。また《地平線のドーリア》には、ジャズ・ ミュージシャンのジョージ・ラッセルが提唱した理論であるリディアン・クロマティック・コンセプ トからの強い影響もあると武満自身が語っており、武満は、この理論を用いてジャズよりも雅楽の響 きに近いものを追求したと考えられる。その点も合わせて検証した。

キーワード:武満徹、雅楽、音組織、反復性、リディアン・クロマティック・コンセプト

【研究報告】

田邉 健太郎

ロジャー・スクルートンの音楽知覚論

—アクースマティック、美的理解、想像的知覚—

【要旨】 本稿は、現代イギリスを代表する美学者であるロジャー・スクルートン(Roger Scruton、 1944-)の音楽知覚論を、「アクースマティック」および「想像的知覚」という概念に焦点を当てて 論じたものである。音楽知覚は自然科学によって研究が盛んに行われているが、スクルートンは知 覚の志向的対象、美的対象として音楽を論じるために、美学の手法に基づいて議論を展開している。 スクルートンは、われわれが音楽を記述する際に用いる概念に着目する。空間や運動、仮想的因果 性など、隠喩的に用いられる様々な概念によって記述される音楽とは、物理的世界から離れ、「アクー スマティックな空間」に存在する対象である。このような特徴を有している「音楽」なるものを聞 くためには、単に音を聞くのみならず、「音の中に音楽を聞く」という想像的知覚が必要となる。

キーワード:ロジャー・スクルートン、志向的対象、美的理解、アクースマティック、想像的知覚

【研究報告】

飯村 諭吉

山口常光『吹奏楽編曲法』(1935)が生まれた背景

—ガブリエル・パレス『吹奏楽法』(1898)の引用をめぐって—

【要 旨】 本稿の目的は、山口常光『吹奏楽編曲法』(1935)が生まれた背景を、ガブリエル・パレス『吹 奏楽法』(1898)の引用箇所に着目して考察することにある。山口は、陸軍戸山学校卒業後、ガブ リエル・パレスが第4代の軍楽隊長を務めたギャルド・レピュブリケーヌ軍楽隊に委託生として入 隊し、吹奏楽編曲の基盤が構築されている状況を把握していた。昭和10(1935)年前後、陸軍戸 山学校はフランスの軍隊教育に規範を求めながらも、我が国における独自の教則本の開発を進めて いった。同時期に発行された『吹奏楽編曲法』は、パレス著『吹奏楽法』採録の人声の音域、楽器 法、強弱法、ウェーバー作曲の祝典序曲《歓呼》の編曲例の部分を引用していることが確認された。 さらに、『吹奏楽編曲法』は、パレス著『吹奏楽法』の指導例を援用し、既存の管弦楽曲を本格的 な吹奏楽用に編曲するための方法論を、我が国で最初に提示した教則本であると位置づけられた。

キーワード:山口常光、吹奏楽、編曲法、ガブリエル・パレス、陸軍戸山学校

【研究報告】

新海 節

日本におけるピアノ伴奏に関する記述の変遷

—1920年代以降の歌唱芸術に関する文献資料を中心に—

【要旨】 本稿は、日本において歌唱芸術のピアノ伴奏がどのように記述されてきたかという点に関 して、1920年代から現在までを5期に区分して、文献資料を基に記述の傾向を調査し、その変遷 を明らかにしたものである。1920年代からピアノ伴奏に関する文献を確認することができた。当 初は伴奏部の音型が音型が歌詞の情景や心情を表しているといった、伴奏部の役割に関する言説が 主だったが、1950年代後半には、伴奏ピアニストとしての専門的知識や技能が、著名な伴奏ピア ニストの翻訳本などを通して、提示されている。1960年代からは、来日した伴奏ピアニストへの インタビューなどの記述と共に、伴奏部の演奏表現の重要性や伴奏ピアニストの役割や技術、奏法 に関しての言説が、国内の伴奏ピアニストを中心に行われるようになる。そして、2000年頃まで に社会にピアノ伴奏及び伴奏ピアニストの役割に関する十分な周知が進み、それ以降はピアノ伴奏 に関して、より専門的視野から論考された学術論文が増加している。

キーワード:ピアノ伴奏、伴奏法、伴奏、ピアノ、歌唱芸術