『音楽表現学』目次と要旨一覧
要旨は目次の後に掲載しています。
音楽表現学 Vol. 2
【目次】
2004年11月30日
中村 隆夫
『音楽表現学』それぞれの時代の音楽表現
[原著論文]
小畑 郁男
図形楽譜を用いた即興演奏による表現の新たな可能性
–MIDI情報を媒介とする音楽とコンピュータ映像の統合–
中村 隆夫
ベートーヴェンはどのようにルドルフ大公を見送ったか
–ピアノソナタOp.81a《告別》とポストホルン–
小西 潤子
音楽身体表現集団 The Pacific Eels の挑戦
–「グラマーなボディ」に代わる芸術活動への道–
[資料論文]
鈴木 慎一朗
オルガンからピアノへ
–師範学校におけるオルガン・ピアノ指導の変遷–
[研究報告]
加藤 晴子
「こもりうた」の音楽表現
–中学校における授業実践への提案–
[第2回大会〈ライラック大会〉報告]
〈基調講演〉
谷本 一之
異文化から見た音楽表現の広がり
〈研究発表A-1〉
中村 隆夫
ルドルフ大公はどのようにウィーンを離れたか
〈研究発表A-2〉
阿部亮太郎
「言語の拒否」から「言語の不可避性の洞察」へ
〈研究発表B-1〉
目黒 雅子
小学校におけるアイヌ民族の音楽文化学習
〈研究発表B-2〉
鈴木慎一朗
学芸会における子どもの音楽表現
〈研究発表C-1〉
新山王政和
指揮経験の多寡による基本的な指揮動作の違いに関する分析的研究
〈研究発表C-2〉
谷口 雄資
指揮法で学ぶ音楽表現の基礎
〈研究発表C-3〉
坂東 肇/一橋 和義他
展覧会の絵のホロヴィッツによる編曲が演奏者に及ぼす生理学的効果について
〈研究発表D-1〉
山田 克己/土門 裕之
保育士養成校における教育活動としてのオペレッタ・ミュージカルの一考察
〈研究発表D-2〉
阿方 俊
サイバーキーボードとしての電子オルガン
〈研究発表D-3〉
小西 潤子
音楽身体表現集団 The Pacific Eels の挑戦
〈研究発表E-1〉
奥 忍
語られる言葉から詠われる言葉へ
〈研究発表E-2〉
北山 敦康
スキル獲得のプロセスと音楽表現
〈研究発表E-3〉
寺内 大輔
声の即興演奏
日本音楽表現学会会則
日本音楽表現学会編集委員会規程
日本音楽表現学会機関誌『音楽表現学』投稿規定
成果発表・研究会関係細則
編集後記
【論文の要旨】
図形楽譜を用いた即興演奏による表現の新たなる可能性
─MIDI情報を媒介とする音楽とコンピュータ映像の統合─
小畑 郁男
【要 旨】20世紀後半に現れた「図形楽譜を用いた即興演奏」という音楽表現の形態は、コンピュータを導入することによって、新たな可能性を得ることができる。小畑郁男と三分一修によって協同制作された“GRAPHICAL IMPROVISATION for 2 computers and 2 players”を例として、(1)「楽譜の最終的な音響への具体化」に関わる演奏家の負担を軽減し、作曲家の望む音響現象を得ると共に、即興演奏を有機的なつながりを持った音楽作品とするための「自律的に振るまうプログラム」と「インタラクティブ(interactive=相互作用的)なシステム」の構築、(2)即興演奏によって音楽と映像を同時にコントロールするための演奏情報の転用法、(3)2人の奏者、2台のコンピュータによる複雑なインタラクティブ性を持つ表現形態、等について論じられる。この作品では、Java言語により三分一が制作した“Kinetic”、音楽プログラミング言語Max/MSPにより、小畑が制作した“GEO”という2つのプログラムが2台のコンピュータにおいて用いられている。
キーワード:図形楽譜、MIDI、インタラクティブ、プログラム、即興演奏
ベートーヴェンはどのようにルドルフ大公を見送ったか
─ピアノソナタOp.81a 《告別》とポストホルン─
中村 隆夫
【要 旨】ベートーヴェンの《告別》ソナタは、彼のピアノソナタ中、唯一実際の出来事を契機に作曲された作品として知られている。冒頭のミーレードの音にはLe-be-wohlの言葉が付され、楽章全体のモットー動機として機能している。この動機が作曲者からのメッセージであることは疑いない。ではこの動機は何を素材にしているのか、またそのときの状況からベートーヴェンは何を描こうとしたのか。これらについてヨーロッパの伝統とポストホルンとのかかわりから解明を試みた。
私は当初モットー動機を、馬車の出発を告げるポストホルンの響きと解釈していた。J.カイザーもまた同じ解釈である。しかしいくつかの点からこの響きはポストホルンではありえないという結論に至った。またP.パドゥーラ=スコダは提示部第1
主題のテーマはモットー動機と結びつけるべきではない、と主張しているが、両者は有機的に関連しており、ベートーヴェンの主題労作の見事な例なのである。
キーワード:モットー動機、ポストホルン、ホルン五度、主題労作
音楽身体表現集団 The Pacific Eels の挑戦
─「グラマーなボディ」に代わる芸術活動への道─
小西 潤子
【要 旨】近年では、音楽のあらゆる場面で「グラマー化」が行われている。すなわち、ある音楽を豊かで完全なサウンドを備えているものに見せかけ、あるいは加工しているのである。グラマー志向は、人々を「本物」の音楽や「本物」の音楽的行為から分断している。この現状を打破するために、グラマーを超える価値観のもとで、「本物」の音楽との関わりを考え直す必要がある。静岡大学生による音楽身体表現集団The Pacific Eelsは、グラマーではないやり方で参加型イベントの企画運営を行い、自らが芸術の担い手、エイジェント、享受者という枠にとらわれず、地域の人々とともに音楽表現することの意義を見出した。本論では、その集団設立経緯とコンセプト、組織づくりと準備、「こどもわくわくワークショップまつり」での企画と本番に至るプロセスを紹介したうえで、クリストファー・スモールが提唱する音楽行動の概念に則り、「本物」の音楽的行為を追及すべき新しい芸術活動の可能性について論ずる。
キーワード:グラマー、「本物」の音楽、「本物」の音楽的行為、創造的活動、ミュージッキング
オルガンからピアノへ
─師範学校におけるオルガン・ピアノ指導の変遷─
鈴木 慎一朗
【要 旨】本稿は、1931(昭和6)年から1945(昭和20)年までの師範学校におけるオルガン・ピアノ指導の実態について明らかにすることを目的とする。師範学校の器楽指導においては、明治期にはまずオルガンが導入され、ピアノが主要楽器として明確に位置付けられるのは1931(昭和6)年の「師範学校教授要目」である。師範学校ではオルガン教科書やオルガンとピアノの併用の視点で編纂された教科書が出版、使用された。その後、1943(昭和18)年には文部省国定教科書としてのピアノ教則本『師範器楽 本科用巻一』が出版される。研究の方法として、文献調査および当時の師範学校音楽科教員や卒業生を対象とした聞き取り調査とアンケート調査の2つのアプローチを採る。判明した点は以下の通りである。
1)1931(昭和6)年以降においても新たにオルガン教科書が出版される状況があり、一方、オルガンとピアノの併用の視点で編纂された教科書も出版された。1943(昭和18)年にはピアノ用の文部省国定教科書『師範器楽本科用巻一』が出版された。
2)1931(昭和6)年以降においてもオルガン指導は継続し、アップライトピアノやグランドピアノによる指導も徐々に広がっていった。アップライトピアノについては、授業の他、生徒の自主的な練習に供されることもあった。
3)生徒の間では、オルガンよりピアノの方が上級向き・高級というピアノ志向の傾向が見られ、また上級生が優先的に使用するというルールが見られた。
4)器楽指導の方法としては、師範学校の音楽科教員が生徒の進度を確認しながら進める「検閲方式」が採られていた。
キーワード:オルガン、ピアノ、検閲方式、オルガン教科書、『師範器楽本科用巻一』
「こもりうた」の音楽表現
─中学校における授業実践への提案─
加藤 晴子
【要 旨】「こもりうた」を歌う行為は、人々の生活の中で連綿と繰り返されてきた。そこでは、歌う人とそれを聞く人の関係が常に存在する。「こもりうた」の音楽表現は、養育者がその子どもに対応して歌いかける中で生じるものであり、その歌によって子どもを遊ばせたり寝かしつけたりするという働きがみられる。
学校音楽教育で長年に渡って親しまれてきたのは「江戸こもりうた」である。学習のねらいは、ふしの味わいを感じとることや、旋法の違いに気づきながら歌い方を工夫したり日本の古謡に親しむこと等であった。しかし、「こもりうた」が生活の中で機能する歌であることに着目するならば、その機能と関連した音楽表現を視点とする「こもりうた」の学習を行うことが可能であると考える。その学習では、歌の上手・下手ではなく、「こもりうた」が歌われる状態を捉えた音楽表現が大切である。本研究では、具体的な音楽表現を引き出すため、生徒自身の乳幼児期の「こもりうた」体験を振り返り、それに基づく歌唱活動を行うことを提案する。授業実践を行い、その観察と分析を通して「こもりうた」の音楽表現に関する学習の可能性について考察する。