『音楽表現学』目次と要旨一覧

   要旨は目次の後に掲載しています。

音楽表現学 Vol. 4

【目次】

2006年11月30日 発行

[原著論文]
佐野 仁美
昭和戦前期の演奏界における近代フランス音楽の受容
–フランス派ピアニストを中心に–

深井 尚子
ベートーヴェン後期作品群への過渡期的作品の考察

武知 優子/森永 康子
ピアノ指導者の子どもに対する期待・指導とジェンダー

佐川 馨
「郷土の民謡」の音楽的価値と教材としての有効性
–秋田民謡を取り入れた授業の分析を通して–

田島 孝一
"Finger– walking Method" (指歩き奏法)の提言
–初心者から上級者までを対象に–

[評論論文]
後藤 丹
《フィガロの結婚》のカリカチェアとしての《ドン・ジョヴァンニ》
–オペラのスコアに織り込まれたモーツァルトの機知ー

坂東 肇
アルフレッド・コルトーの音楽表現についての一考察
–C.フランクの「ピアノ五重奏 ヘ短調」を通して–

[資料論文]
鈴木慎一朗
香川師範学校男子部における聴覚訓練の実践
–1941~45年を中心に–

[研究報告]
小畑 郁男/豊田 典子/深井 尚子
日本歌曲創作における試み
–作曲と演奏の視点から–

加藤 晴子/逸見 学伸/加藤内蔵進
気候と連携させた歌唱表現学習
–小学校での実践をもとに–

[第4回大会(グリーン・アベニュー)大会報告]
〈基調講演〉
五嶋 みどり
これからの演奏家の理想の姿

〈シンポジウム〉
奥 忍/五嶋 みどり/津上 智実/松本 勤
音楽家の活動–コミュニティ・エンゲージメント–

〈ワークショップ〉
山田 貢
バッハの無伴奏曲の編曲/鍵盤化

鈴木 昇畝
尺八って何なの?

鶴澤 友球
義太夫を語ってみよう
–表現してこそおもしろい”語り物”への誘い–

〈パネル・ディスカッション〉
高久 暁/岡本 茂朗/山名 敏之/安藤 政輝
演奏家における異文化受容

〈研究発表〉
田島 孝一
”指歩キ”ノススメ
–Finger-walking Methodの基本理念–

北山 敦康/濱永 普二
管楽器の弱音効果と演奏者への心理的影響について
–サクソフォン用消音器の開発を通して–

長瀬 正典
楽器が生まれる背景と作品の時代様式
–バロック音楽と現代音楽の狭間で–

堀田 光
ピアノ演奏における鍵盤楽器のキーに関する一考察
–現在のキーに至る歴史的変遷–

原 佳大
K. 511とレオポルドの死との関連性
–ピアニストの立場からK. 310と比較して–

後藤 丹
《フィガロの結婚》のカリカチュアとしての《ドン・ジョヴァンニ》
–オペラのスコアに織り込まれたモーツァルトの機知–

村上 理恵
1920年代前衛映画を「動く図形楽譜」として用いた作曲法
–ハンス・リヒター《リズム21》の解析をもとに–

小畑 郁男/豊田 典子/深井 尚子
歌曲における表現の研究

桂 博章
秋田県羽後町西馬音内の盆踊りの動作パターンの抽出

佐川 馨
「郷土の民謡」の音楽的価値と教材としての有効性
–秋田民謡を取り入れた授業の分析を通して–

佐野 仁美
昭和戦前期の演奏界における近代フランス音楽の受容
–フランス派ピアニストを中心に–

阿部亮太郎
西洋音楽と他の音楽を同列に考えようとする際の注意点について

鈴木慎一朗
黒沢隆明が目指した音楽表現
–「音楽教科書の大家」としての側面から–

阿方 俊
電子オルガンを用いたスコアリーディング奏法の一考察
–電子オルガン主科学生のアンサンブルを通して–

土門 裕之/山田 克己
ミュージカル活動における指導体制改革とその効果(2006)
–拓殖大学北海道短期大学の事例から–

岡 健吾
保育士養成校における教育活動としてのミュージカルに関する一考察
–キャスト以外の学生の取り組みに着目して–

川端 美穂
ミュージカル活動の人間力育成効果(2)
–学生への質問紙調査から–

伊達 優子
保育者養成校における主体的音楽表現を志向する授業構想に関する一考察
–ピアノ実技指導を通して–

河本 洋一
日本語歌唱における発声と発音の統合的教授法の検証的研究
–幼児教育者養成の現場に見る課題の整理–

新山王政和
グループダイナミクスを活かした「イメージングを通して音楽表現を作り上げる活動」の紹介
–問題解決の段取り力を育む実践例–

今 由佳里
小学校における音楽表現学習の試行
–「水」に関する音楽表現–

加藤 晴子/逸見 学伸/加藤内蔵進
音楽と気候を連携させた歌唱表現学習
–小学校での実践をもとに–

日本音楽表現学会会則

日本音楽表現学会編集委員会規程

日本音楽表現学会機関誌『音楽表現学』投稿規定

成果発表・研究会関係細則

編集後記

 

【論文の要旨】

昭和戦前期の演奏界における近代フランス音楽の受容
—フランス派ピアニストを中心に—

佐野 仁美

【要旨】 戦前日本の音楽界ではドイツ音楽中心主義が強かったが、第一次世界大戦後には西洋音楽の普及が進み、近代フランス音楽に目を向ける人たちも増えていった。本稿では、ドイツ派とフランス派の対立がもっとも際立っていたピアノの分野を中心に、フランス派と目されていた人々が日本の音楽界に何をもたらし、かつ当時の人たちからどのようなイメージで見られていたのかを考察した。フランスに留学したピアニストは、近代フランス音楽をレパートリーに組み入れ、音の美しさや音色の色彩的表現の豊かさ、繊細な弱音などフランス・ピアニズムを日本のピアノ界に持ち込んだ。フランス派の中にも、野辺地瓜丸(勝久)や宅孝二、原智恵子らコルトーの影響を強く受けた人たちと、新即物主義に近い新しい解釈を示した草間(安川)加寿子の二つの傾向があった。戦前における彼らの実演は、日本で近代フランス・ピアノ音楽が戦後急激に広まることを可能にしたと思われる。 

キーワード:近代フランス音楽受容、ドビュッシー、野辺地瓜丸、原智恵子、安川加寿子

 

ベートーヴェン後期作品群への過渡期的作品の考察

深井 尚子

【要旨】 ベートーヴェンは、1812年から1816年ころまでのほぼ4年間、重要な作品を書かなかった時期がある。その時期は、ヨーロッパの情勢がフランス革命後の混乱の中にあり、ウィーンの音楽的志向の変化、ベートーヴェンの耳の疾患の悪化など、ベートーヴェンはたくさんの問題を抱えていた。そのような状況の中、ピアノソナタ作品101とチェロソナタ作品102は、寡作期の中で作曲された数少ない傑作といってよい。これらの作品には、その後に表れるベートーヴェンの後期作品群の特徴が散見され、ピアノとチェロという異なった楽器のための作品でありながら、たくさんの類似性が見られる。
 ベートーヴェンの後期作品群は、現在でも芸術的価値が高く評価され、演奏の機会も多いが、一般的に、その内容は難解で深い内面性を備えているといわれている。そのため、演奏や解釈において困難なものが多い。しかし、その後期作品群の特徴は、すでに寡作期の作品に表れており、後期作品群への過渡期に作曲された、この2つの楽曲を比較検討することで、後期作品群が難解になっていく方向性を検証し、ベートーヴェンの後期作品群の難解さの背後にあるものを探求することができる。そのことによって、ベートーヴェンの後期作品をより深く理解し、演奏解釈に反映させる方法の考案である。  

キーワード:ベートーヴェン、後期作品様式、ピアノソナタ、チェロソナタ

 

ピアノ指導者の子どもに対する期待・指導とジェンダー

武知優子 森永康子

【要旨】 近年音楽教育とジェンダーに関する研究が主に欧米において蓄積されつつあるが、日本においては僅かといわざるを得ない。本研究では、音楽の指導者が、子どもの性別により音楽表現や学習態度に異なる期待を抱いているかどうか、また男女で適した指導法は異なると考えているかどうかを検討することを目的とした。私立女子大学音楽学部卒業生946名に質問紙を配布し、回答のあったピアノ指導の経験がある346名を分析の対象とした。その結果、女子はまじめに練習をする、男子は分析的に考えた演奏をするなど、一部子どもの性別によって異なる期待が抱かれている傾向が示唆された。また、約44%の指導者は、男女それぞれに適した指導法があると回答し、女子には細かく指導するが男子には細かく言わず、楽しむことを重視する、などの具体例を得た。指導法と、性別により異なる期待には様々な点で関連がうかがえた。今後、指導者の認識だけでなく、実際の指導内容など、多側面からの検討が必要と思われる。 

キーワード:子ども、ジェンダー、期待、指導、音楽教育

 

「郷土の民謡」の音楽的価値と教材としての有効性
—秋田民謡を取り入れた授業の分析を通して—

佐川  馨

【要旨】 本研究は、郷土の民謡を取り入れた授業実践の統計的分析・考察を通して、その音楽的価値と教材としての有効性を明らかにすることを目的とした。そのために、中学生146名を対象に、①民謡を学習しない群、②秋田民謡のみを学習する群、③秋田民謡と沖縄民謡を学習する群の三つに分け、編曲教材による歌唱や和楽器の学習を行った後に質問紙による調査をし、分散分析、因子分析を行った。
その結果、郷土の民謡の授業を受けた生徒は、リズムや音階などの西欧の音楽や諸民族の音楽とは異なる特質に気付き、一定の価値感情が芽生えること、また、異なる音楽的特質をもつ教材を並行して学習することによってその効果は増大することが明らかとなった。さらに、郷土の民謡の可変性や即興性を生かし、生徒の実態に配慮した編曲教材を用いることによって、「日本人としての音楽性の覚醒」「地域に特有の音楽的要素を基にした音楽的諸能力の獲得」「郷土理解」などに効果があることが認められた。  

キーワード:郷土の音楽、民謡、教材、因子分析、分散分析

 

“Finger-walking Method”(指歩き奏法)の提言
—初心者から上級者までを対象に—

田島 孝一

【要旨】 1992年に命名したこのピアノ奏法は、デッペの重力奏法とツィーグラーが求める美しい音色および「重さ」「支え」「移動」という観点に、筆者が運動の法則という普遍的視点を加えて、「指歩き」と表現したものである。これに基づけば、人が日常に足で歩くような感覚で、各関節により着実に支えられた指を運ぶことができる。それにより無駄な力が排除され、安定した手指からは美しい音色により音が奏でられ、それらに伴なって生じる精神的余裕により、細やかな音楽表現が可能となる。この奏法を使う指導者に求められることは、スポーツ指導者のような力学・物理学的な指導知識をもつことである。また楽譜上の全ての音符に付した指番号をたどれば、基本的にはほとんど弾けるような楽譜を使用することにより、配慮すべき情報量を極力少なくし、精神的余裕を生み出すことができることも、本奏法の特徴である。  

キーワード:重力奏法 美しい音色 運動原理 音楽表現 指番号

 

《フィガロの結婚》のカリカチュアとしての《ドン・ジョヴァンニ》 -オペラのスコアに織り込まれたモーツァルトの機知-

後藤 丹

【要旨】 オペラ《フィガロの結婚》のプラハ上演成功をきっかけとして、モーツァルト は《ドン・ジョヴァンニ》を作曲した。双方のオペラの登場人物たちが歌う何曲かには、音楽的に非常に類似する部分が認められる。分析の結果、伯爵夫人とドンナ・エルヴィーラ、フィガロとマゼット、スザンナとツェルリーナの3つの組合わせにおいて、その傾向が顕著であることが判明した。それぞれの二人は性格や行動様式は異なるものの、劇の役割上は非常に近い状況に置かれている。
モーツァルトは《ドン・ジョヴァンニ》の登場人物の何人かを《フィガロの結婚》の登場人物のカリカチュアとして描こうとしたのではないか。それは《フィガロの結婚》を歓迎してくれたプラハ市民への作曲家からの機知に富んだ挨拶ではなかったか。

キーワード:オペラ、プラハ、カリカチュア

 

アルフレッド・コルトーの音楽表現についての一考察
—C.フランクの「ピアノ五重奏曲 へ短調」を通して—

坂東 肇

【要旨】 コルトーの大胆な解釈による演奏は、強い生命力を持っており、耳を傾けるものには、今尚、明確なメッセージを持って力強く語りかけてくる。その背後には彼のはげしい個性が生きており、それが今も新鮮な感動を呼び起こす源泉となっている。
 その個性は、独奏曲や協奏曲でいかんなく発揮され、室内楽においても、二重奏曲や三重奏曲で個性際立つパートナーを相手に、縦横無尽な活躍を繰り広げている。
 では彼は、他の室内楽曲とは違った難しさが要求されるピアノ五重奏でどのような演奏をしているのか。そのなかで彼の個性がどのように息づいているのか。これらの点について、彼が遺した唯一のピアノ五重奏の演奏録音であるフランクの《ピアノ五重奏曲 ヘ短調》をもとに考察した。
 そして、作品とのかかわりや共演者とのコミュニケーションの内実から、その演奏における魅力と問題点を明らかにし、アンサンブルの要点を導き出した。

キーワード:コルトー、フランク、ピアノ五重奏曲、響きあう個性

 

香川師範学校男子部における聴覚訓練の実践
—1941〜45年を中心に—

鈴木 慎一朗

【要旨】 本稿の目的は、1941(昭和16)年から1945(昭和20)年にかけての香川師範学校男子部における聴覚訓練の実践を明らかにすることである。判明した点は以下の通りである。
1) 音楽科教員の金光武義氏は、1941(昭和16)年6月に実施された「国民学校芸能科音楽講習」に参加した。その講習で「聴覚訓練」を担当した講師は、下総皖一、城多又兵衛であった。城多は、資料として『ウタノホン上 教師用』(1941)や「東京音楽学校監修聴覚訓練用レコード」を用い、国民学校第1学年の聴覚訓練の方法について解説した。
2) 香川師範学校男子部においては「ハホト・ハヘイ・ロニト」の主要三和音が中心に取り上げられ、『ウタノホン上 教師用』の記載事項に沿った内容が指導された。また、教育実習における「芸能科音楽」の授業においても聴覚訓練が実施されていた。その他、香川師範学校男子部保護者会における「音楽」の授業参観においても聴覚訓練が公開され、プロバガンダ的に扱われていた。

キーワード:「師範学校教科教授及修練指導要目」、 講習、聴覚訓練用レコード、 「ハホト・ハヘイ・ロニト」、 香川師範学校男子部

 

日本歌曲創作における試み
—作曲と演奏の視点から—

小畑郁男 豊田典子 深井尚子

【要旨】  「現代音楽」というカテゴリーに分類される20世紀の作品は、音同士の関係を耳で捉えることが容易ではなく、特に声楽の分野では演奏が困難なものが多い。音楽の現代性を保ちながら、演奏の際の過度な困難さを排し、演奏者のエネルギーの多くを音楽表現に向けることが可能な方法を求めて、作曲家は歌曲の作曲を試み、演奏家は上演した。本研究は、この作品を共通の素材とした、作曲、演奏という2つの視点からの、日本歌曲における音楽表現に関する研究である。作曲家は作曲の際に基礎とした「短時間に半音階構成音の全てを出現させることが可能」であり、「音響現象を調性的なものとすることが可能」で、「日本語の特性に対応することが可能」な作曲理論について論じ、演奏家は演奏表現の視点から作品評価を通して、作曲理論の有効性について検証する。

キーワード:現代音楽 作曲理論 歌曲 歌いやすさ 日本語

 

気候と連携させた歌唱表現学習
-小学校での実践をもとに-

加藤晴子 逸見学伸 加藤内藏進

【要旨】 日本の童謡・唱歌には春の歌が多い。そこでは春の季節進行に伴って生じる多種多様な情景や心情が歌われている。このような歌をイメージを膨らませて歌唱表現するには、歌の背景にある気候やそれに伴う自然現象の変化に対する理解が欠かせない。そのためには気候と連携させた歌唱表現学習が有効である。この学習では、従来の歌唱学習で中心となってきた感覚的感受による活動に加え、歌の背景にある自然現象を科学的な目で捉えることによって、歌に歌われたもののイメージを具体的に膨らませ、表現に繋げていくことができると考える。
 そこで本研究では、小学校における気候を連携させた歌唱表現学習プランを提示し、授業実践を行った。授業の観察と分析を通して、以下の点から学習の有効性が明らかになった。
① 気候や自然現象と詩の内容を関連づけて捉えることによって、子どもが具体的にイメージを膨らませることができた。
② 気候の特徴や自然の変化を認識することを通して作者の気持ちに共感し、自分が感動したものを歌にするという歌の生成
  に触れることによって、子どもの歌唱表現に対する興味や関心、意欲が高まった。

キーワード:日本の春の気候、イメージ、歌唱表現、音楽と気象を連携させた学習