『音楽表現学』目次と要旨一覧

   要旨は目次の後に掲載しています。

音楽表現学 Vol. 5

【目次】

2007年11月30日

[原著論文]
小野 亮祐
18世紀から19世紀初頭にかけての鍵盤楽器奏者と当時の音楽教授について–ベートーヴェンの言葉「偉大な鍵盤楽器奏者は偉大な作曲家であった」の意味するもの–

小畑 郁男
拍節構造の階層性と音楽表現–演奏解釈の一側面–

香曽我部琢
幼児期の遊びにおける音の概念形成モデルについての質的検討

[評論論文]
木下 千代
ショパン「24の前奏曲」op. 28にみる各曲の関連性と対照性について

安田 香
ドビュッシーとジャワのガムラン
–象徴主義の視点からその関係を読み解く–

 斉藤 武
1950年代から70年代におけるロック音楽確立への道程
–近代西洋音楽との比較を通して–

[研究報告]
李 敬美
デジタル影絵劇《ランカ島での戦い》における韓国伝統打楽器の用法

河本 洋一
日本語歌唱を語る観点についての一考察
–母音の感覚の検討を通して–

鈴木慎一朗
保育者養成短期大学における「表現実践力」育成の試み
–幼児曲のグループ発表を事例として–

今 由佳里
スイス・フランス語圏の学校音楽教育における表現学習
–「ジュネーヴ州の小学校における習得目標」の分析を通して–

[第5回(火の国)大会報告]
〈基調講演〉
松原 千振
フィンランドでの体験
–TAPIOLA合唱団とともに–

〈シンポジウム〉
中村 隆夫/松原 千振/古橋富二雄/齊藤祐
日本の合唱の問題点と展望 

〈パネル・ディスカッション〉
権藤 敦子/伊野 義博/小西 潤子/杉江 淑子
聴衆と異文化受容
–21世紀の音楽の在り方を見つめて–

〈ワークショップ〉
松原 千振
北欧,バルト諸国の合唱

吉永 誠吾
作ってみよう,拭いてみよう,水道管のフルート

〈共同研究〉
加藤 晴子/鶴澤 友球
声の音楽表現の東西比較
–オペラアリアと義太夫節のサワリを例に–

〈研究発表〉
小畑 郁男
拍節構造の階層性と音楽表現
–演奏解釈の一側面–

阿方 俊
ハイブリッド・オーケストラの演奏形態について
–弦楽器と電子オルガンによる演奏形態を中心に–

新山王政和
異なる音色の間で出現するピッチ知覚の違いに関する実験的研究
–補完実験の結果を加えて行った再考察の報告と提案–

田島 孝一
Finger - walking Method(指歩き奏法)の指導法

應和 惠子
教員養成における学生の総合的な音楽能力の育成
–総合芸術(オペラ)の授業実践から–

内田陽一郎
肥後の国八代のキリシタン殉教者竹田アグネスについて

李 敬美/中村 滋延
韓国伝統打楽器を用いた新たな表現の可能性
–デジタル影絵劇《ランカ島の戦い》における試み–

陳 敏
中国の安塞腰鼓学習による異文化理解と自文化理解
–中日の授業実践比較–

今 由佳里
スイス・フランス語圏の学校音楽教育における表現学習
–ジュネーヴ州の「小学校における習得目標」の分析を通して–

香曽我部琢
子どもはどのようにして音楽を創り出すのか
–幼児期の遊び場面における音楽表現のエスノグラフィー的考察–

阿部亮太郎
三善晃の’60年代末の作品の性格とその和声的特徴について

小野 亮祐
ドイツの教則本研究とその展望

河本 洋一
日本語歌唱における発声と発音の統合的教授法の検証的研究
–発声と発音を統合的に教授する方法の具体的検討–

桂 博章
実地指導講師による踊りの指導の効果
–秋田県羽後町の西馬音内盆踊の場合–

鈴木慎一朗
保育者養成短期大学における「表現実践力」育成の試み
–幼児曲のグループ発表を事例として–

伊達 優子
保育者養成校における主体的音楽表現を志向する授業構想に関する一考察(2)
–ピアノ表現に対するイメージ描画学習の有効性とその発展–

〈ワークショップ〉
谷口 雄資
情緒表現から入る指揮法指導
–音をイメージする力を用いて–

寺内 大輔
声の表現の可能性
–フリー・インプロヴィゼーションの現場から–

〈コラム〉
Hermann Gottschewski
『音楽表現学』表紙のデザインに使われている楽譜について

日本音楽表現学会会則

日本音楽表現学会編集委員規程

日本音楽表現学会機関誌『音楽表現学』投稿規定

成果発表・研究会関係細則

編集後記

 

【論文の要旨】

18世紀から19世紀初頭にかけての鍵盤楽器奏者と当時の音楽教授について
─ベートーヴェンの言葉「偉大な鍵盤楽器奏者は偉大な作曲家であった」の意味するもの─

小野 亮祐

【要 旨】 本研究はベートーヴェンL.v.Beethovenが1814年に述べたと伝えられている「偉大な鍵盤楽器奏者は偉大な作曲家であった」という言葉を出発点に、18世紀から19世紀初頭の鍵盤楽器教授のあり方を明らかにする試みである。その手がかりとして、当時出版された鍵盤楽器教本並びに18世紀前半に多くの弟子に音楽教授を施したバッハJ.S.Bachの教授法を検討した。その結果、18世紀中頃までの鍵盤楽器教授は、鍵盤楽器奏法と並んで通奏低音を必ず教え、その延長上で即興演奏・作曲法を教えるという流れになっていたことを明らかにした。つまり、少なくとも18世紀中頃までは鍵盤楽器奏者が作曲家となるような鍵盤楽器教授のシステムだったのである。しかし、このような鍵盤楽器教授システムは18世紀の中頃以降衰退し、それに代わってより演奏技術の教授に重点を置くようになった。ベートーヴェンの言葉の背景にはこのような音楽教授上の事情があったものと思われる。

キーワード:ベートーヴェン、18世紀、鍵盤楽器奏者、鍵盤楽器教授、通奏低音、作曲

 

拍節構造の階層性と音楽表現
—演奏解釈の一側面—

小畑 郁男

【要 旨】 本論は、古典・ロマン派の様式を中心とする、五線記譜法で記譜された音楽を対象とし、拍節構造の階層性と音楽表現との関係の一端を明らかにすることによって、リズムという側面から、創作・演奏表現の深化に寄与することを目的としている。
 まず、「アルシス、テージス」の関係やマリー(Marie、 Jean Étienne)のモデルなどの、音楽表現の表象として捉えられる「リズムの型」を拍節構造に組み込み、音楽的持続を「拍子の型」として分類する新たなリズムモデルを提案し、このモデルによって音楽現象の変化を拍節構造として捉えることができることを例証する。しかしながら、ここで捉えられる拍節構造は、一義的に決定できるような性質のものではなく、階層性を持つ。拍節構造の階層性という視点に立ち、音楽表現の決定のプロセスである演奏解釈を、演奏者による階層の選択として位置づけ、演奏解釈の多様な可能性に言及していく。

キーワード:リズム、アナクルーズ、拍子、階層性、演奏解釈

 

幼児期の遊びにおける音の概念形成モデルについての質的検討
香曽我部 琢

【要 旨】 現在、音や音楽に関する認知発達研究は、認知科学、認知心理学、音響学などの領域からの様々なアプローチによって進められている。しかし、先行研究を概観すると、実験室など厳しい制約の下で行われたものがほとんどである。そこで、本研究では、幼児の日常的な遊びに注目し、認知モデルを用いて質的な検討を行った。実際には、ワークショップを行い、遊びを通して幼児に音への気づきを促すとともに、その後の日常的な遊びにおける音とのかかわりの様子について、解釈的客観主義アプローチを用いエスノグラフィーを行った。その結果、幼児が水や砂、木などの素材を用いて遊びを繰り広げることによって、それらの素材から導き出される音の物理的属性を感じ取っていることがわかった。また、触覚、視覚的など他の感覚によって得られた情報や遊びの文脈と結びつけて、音の心理的属性を決定していることが明らかになった。さらに、その心理的属性は、積極的に擬音語や擬態語として発せられ、幼児が自らの遊びを展開していく際に効果的に用いられる事例が見られた。以上により、幼児は聴覚情報のみならず、音とのかかわりの中で得られたさまざまな感覚や、遊びを取り巻く文脈などを有機的に絡み合わせ、音の概念を形成していくことを明らかにした。

キーワード:エスノグラフィー、解釈的客観主義アプローチ、認知的モデル化、概念形成、認知モデル

 

ショパン「24の前奏曲」op.28にみる
各曲の関連性と対照性について
木下 千代

【要 旨】 ショパンの「24の前奏曲」op.28は、ショパンの作品にはめずらしい小品の集まった曲である。ショパンが生前に24曲つづけて演奏したという記録はないが、今日ではそうされるのが常となっている。長短調が交互に、しかもはげしい対比をもって入れ替わるこの曲は、演奏者になみなみならぬ構成力と集中力を強いるものである。筆者も演奏に際してどのようにまとめたらよいかを考えるうちに、平行調の2曲ずつに書法上の関連があり2曲が対をなしているのではないかということに気づいた。また平行長短調だけでなく5度上の調に移行する時も、音型などになんらかの関連性をもたせていることが多い。本小論では、ショパンの書法および記譜上の小さなサインから、関係長短調および全体がどのように関連付けられているかを読み取り解明する。またそのことから導かれる演奏上の留意点を述べつつ、24曲をどのように構成するかを考察する。

キーワード:ショパン、「24の前奏曲」、モティーフ、関連性、対照性

 

ドビュッシーとジャワのガムラン
─象徴主義の視点からその関係を読み解く─

安田 香

【要 旨】 ドビュッシーは1889年パリ万博でガムランの生演奏に触れ、強い関心を抱いた。彼は先ず、演奏されたある印象的フレーズを用いて3作品を書く(これらの作品の一部は、後日作曲者自身の反省の対象になった)。次いで、ガムラン的音組織、音色、低音打楽器の特性、ヘテロフォニーなどを諸作品に取り入れ、ついにピアノ独奏曲「パゴダ」 Pagodes(『版画』 Estamp 第1曲)にそれらを結集させる。以降、ガムランから学んだ技法は、次第にドビュッシー独自の語法になっていく。
 本稿は、上述の過程を、作曲家が創作を展開した当時の芸術思潮に照らし論考する試みである。

キーワード:ドビュッシー、ガムラン、象徴主義、異国主義

 

1950年代から70年代におけるロック音楽確立への道程
—近代西洋音楽との比較を通して—

齊藤 武

【要 旨】 ロック音楽はまだ50年ほどの歴史しか持っていない。しかしその成立過程を辿ってみると、現代史をそのまま映す鏡のような存在であることがわかる。1950年代アメリカで生まれたロック音楽は、凄まじい勢いで世界に広がった。現在も世界中に溢れているポピュラー音楽の原型がここにあるといっても過言ではない。それは18世紀後半、近代西洋音楽の原型がウィーンで形成されたことと多くの類似点を持つ。50年代のアメリカ音楽の影響から60年代イギリスでビートルズがロック・バンドの原型を確立し、ロック音楽が急速に発展した70年代にあるピークを迎えたのではないか。なぜならこの時期に、レッド・ツェッペリンをはじめとする最も内容の充実したものが生み出され、またそれらに対して破壊を意味するパンク・ロックが急速に生まれ去っていったからである。それは20世紀前半までに近代西洋音楽が辿った歴史と類似する現象であることに気づく。このサイクルを比較検証することで、音楽創造の盛衰の循環と歴史性を確認し、現代における音楽創造の在り方を考える一助にしたい。

キーワード:ブルース、50年代のアメリカ音楽、レコード会社、ビートルズ、レッド・ツェッペリン

 

デジタル影絵劇《ランカ島での戦い》
における韓国伝統打楽器の用法

李 敬美

【要 旨】 伝統音楽文化へのコンピュータによる取り組みとして、現在、伝統楽器やその楽譜のデータベース化などに焦点があたっている。しかし、コンピュータも楽器もそれぞれ何かに貢献する「道具」である。ある道具を使ってある道具について記録するだけでなく、個々の道具を組み合わせることで、新しい音楽的目的に向かって進むことも可能なのではないか。
 本稿では韓国伝統打楽器の演奏とデジタル音響、デジタル映像で『第6回長崎おぢか国際音楽祭』において上演した「アジアンナイトコンサート」の事例を紹介する。韓国伝統楽器を演奏する立場で韓国伝統芸能を伝承すると同時に、韓国伝統楽器とコンピュータを使い、新しい芸術コンテンツを提案したい。

キーワード:サムルノリ、チャング、デジタル音響、デジタル映像

 

日本語歌唱を語る観点についての一考察
—母音の感覚の検討を通して—

河本 洋一

【要 旨】 管楽器の教則本の冒頭には、必ずロングトーンのトレーニングが設定されている。ロングトーンがその楽器で目指す音色を創り、安定した響きを獲得するために有効だと考えられているからである。また、実際の演奏の中では「歌うように演奏しなさい」という例えが使われることも多い。それだけ歌うことは音楽表現の基礎を成す要素を含んでいるからである。一方、歌声は楽音としての音を届けることと、言葉としての意味やニュアンスを伝えることの両面を併せ持っている。しかし、日本語歌唱の歌声づくりに関する研究は決して十分とは言えない状況にある。本稿では、その原因は日本語歌唱を語るための観点が共通基盤に立っていないからではないかと考えた。そして、共通する観点として母音の感覚に着目することにした。本稿は日本語歌唱を語るための観点に関する試論である。

キーワード:日本語歌唱、母音、統一、多様性

 

保育者養成短期大学における「表現実践力」育成の試み
―幼児曲のグループ発表を事例として―

鈴木 慎一朗

【要 旨】 本稿の目的は、保育者養成短期大学における「表現実践力」育成の試みを報告することである。事例は、2006年度白梅学園短期大学保育科の「子どもの音楽の世界」の授業の中で取り上げた、幼児曲を題材とした「子どもの表現意欲を高めるグループ実践」である。考察の視点として第1に、11月13日の時点でグループ実践に対し、疑問を持っているように見受けられる反応を示した学生の意識は活動を通してどのように変容したか、第2に、12月18日の「グループ実践発表会」での各グループの発表は、表現意欲を引き出す工夫が見られたのか否かの2つの視点を設定した。
 視点1については、学生の意識は前向きな反応へと変わり、変容が見られた。視点2については、幼児曲に手遊びを加えたり、隊形移動を取り入れたり等、各グループの工夫がなされた発表であった。これらの結果から、本実践の有効性が確認できた。

キーワード:「表現実践力」、グループ発表、幼児曲、「音、色、形、手触り、動き」

 

スイス・フランス語圏の学校音楽教育における表現学習
─「ジュネーヴ州の小学校における習得目標」の分析を通して─

今 由佳里

【要 旨】 スイス・フランス語圏の学校音楽教育に関する研究は、これまであまり取り上げられる機会は多くなかった。しかしながら、現地の子どもたちの音楽活動を観察すると、彼らの音楽表現活動の豊かさに驚かされる。これは、幼児期から自分の意見や嗜好を意識し、明確に表明してきたことが影響しているのではなかろうか。子どもたちが自身の意見・感覚・嗜好を形成、認識することで、意識して自己を主張したり表現したりすることが容易となる。また、このことが子どもたちの音楽表現の幅を広げることに繋がっているものと考えられる。それでは、このような子どもたちを育成した学校音楽教育とはどのようになっているのだろうか。本論では、スイス・フランス語圏の代表的都市であるジュネーヴ州を事例として、「ジュネーヴ州の小学校における習得目標」の分析を試みつつ、音楽表現学習の可能性を探る。

キーワード:学校音楽教育、表現学習、スイス・フランス語圏、
ジュネーヴ、「ジュネーヴ州の小学校における習得目標」