『音楽表現学』目次と要旨一覧

   要旨は目次の後に掲載しています。

音楽表現学 Vol. 6

【目次】

2008年11月30日 発行

[原著論文]

上山 典子
リストの《ベートーヴェンの交響曲 ピアノ・スコア》考

神部 智
ジャン・シベリウスの《交響曲第3番》における創作概念と表現手法

 

[研究報告]

寺内 大輔
他者に聴かれることを意図しない音楽とその可能性
–寺内大輔の3作品による例証と考察–

井上 朋子
演奏表現学習の補助的手段としての図形譜の有効性
–パウル・クレーの音楽視覚化に基づいて–

小栗 志乃
教材としての神楽囃子
–地域の伝統的な音楽の鑑賞を活かしたふしづくりの試み–

加藤 晴子
子どもの声の表現に潜在する伝統的感覚
–「物売りの声」の実践を例に–

古庵 晶子
日本におけるシニアのピアノ学習研究について

 

[第6回(ベル・ジーリオ)大会報告]

〈基調講演〉
本山 節彌
「大きな木」を若者とともに見つめて
–高校生の演劇センスと音楽性–

〈コンサート〉
コンチェルト デル ベル ジーリオ

〈パネル・ディスカッション〉
佐々木正利/嶋津 宣史/福本 康之/安田 寛
音楽における異文化受容4
–宗教の視点から–

〈共同研究〉
新山王政和/藤原 麻里
専門教育以外の合唱活動における発声指導の有用性とその効果
–高校合唱部員を対象とした実験的指導とその検証に基づいて–

〈研究発表〉
狭間 由香
鍵盤ハーモニカ–その魅力と可能性–

阿方 俊
チェンバー・インプロビゼーションの試み その1
–昭和音楽大学におけるグレイソン・メソッドの実践–

疇地 希美
幼児の歌うタッカのリズム
–日英3〜5歳児の比較–

加藤 晴子
子どもの歌の表現に潜在する伝統的感覚
–「物売りの声」の実践の例に–

深井 尚子
2楽章形式のピアノソナタの比較から見たベートーヴェン後期作品群の特徴と考察

上山 典子
リストとピアノ編曲
–年代別にみる目的,用途,手法の変遷–

嶌 晴子
歌を歌う人の声や喉の不調とその原因
–音楽を勉強する大学生やアマチュア合唱団員への質問紙調査を通して–

土門 裕之
学生ミュージカル公演等におけるキャスト用ピンマイク使用に関する一考察

安田 香
戦時下のドビュッシー

阿部亮太郎
松村禎三《弦楽器のための前奏曲》に於ける聴覚の関心の移動について

伊達 優子
保育者養成校における音楽的自立を促すピアノ教育
–「my楽譜」作成の試み–

藤田 光子
教員養成校における学生の評価経験に関する取り組み
–学生の模擬指導と評価活動より–

河本 洋一
オノマトペを使った歌唱表現–声でどこまで出来るか–

寺内 大輔
他者に聴かれることを意図しない音楽の可能性
–寺内大輔の3作品と実践より–

鈴木慎一朗
文部省『師範音楽 本科用巻一』(1943)に掲載された既成の曲
–《夏は来ぬ》を中心に–

杉江 淑子
学校音楽教育における音楽教材の多様化とその課題
–中学校教師への質問紙調査から読み取る「音楽の学校教育化」–

松本 直子
公立小学校における新1年生の音楽的成長と発達に関する一考察

橋本 悦子
創造的音楽表現に関する問題提起
–雅楽器の表現活動とその舞台づくりを振り返って–

〈ワークショップ〉
鷲尾 惟子
中国新彊・ウイグル人の民間音楽に見る多様性と表出
v民間歌曲と民間舞踊を中心に–

山田 克己
音楽を存分に取り入れた保育とは

中村 隆夫
音取りをしない合唱

〈VTRデモンストレーション〉
本山 節彌
高校演劇「大きな木」のビデオ上演

日本音楽表現学会会則

日本音楽表現学会編集委員会規程

日本音楽表現学会機関誌『音楽表現学』投稿規定

成果発表・研究会関係細則

編集後記

 

【論文の要旨】

リストの《ベートーヴェンの交響曲 ピアノ・スコア》考

上 山   典 子

【要 旨】 リストのピアノ編曲、≪ベートーヴェンの交響曲 ピアノ・スコア》は、27年の歳月にわたって―厳密には1837年と41年、そして1863-4年の二つの時期に―取り組まれた。1838年にリスト自身によって書かれた編曲の理念表明は、1840年の第5、6番の出版譜序文として、原文の仏語とともに出版社による独訳で掲載された。そして1866年の全9曲出版の際には、日付のみが「1865年」に変更されたその序文が一語一句変わらぬまま、再び版の冒頭を飾った。その四半世紀以上もの間、リストは本当にこれらの編曲に対する考えを変わらず維持していたのだろうか。本論は、それぞれの編曲成立の過程と取り組みの目的、そして手法を検証することによって、リストの編曲観は決して一様ではなく、これらの年月の間に大きく変化したことを明らかにする。

キーワード:リスト、ピアノ編曲(ピアノ・スコア)、ベートーヴェン交響曲

 

 

ジャン・シベリウスの≪交響曲第3番≫における創作概念と表現手法

神 部  智

【要 旨】 本稿の目的は、ジャン・シベリウスの≪交響曲第3番≫作品52における創作概念と表現手法の考察を通して、同交響曲に認められる新たな様式的方向を明らかにすることにある。民族ロマン主義からの芸術的飛躍を試みた中期創作期のシベリウスは、古典的作風の内に堅固な音楽的論理の確立を求めた。そこにおいて重要な鍵となったのが「交響的幻想曲」の創作概念である。≪交響曲第3番≫においてシベリウスは、伝統的なソナタ様式への斬新なアプローチ、そしてスケルツォとフィナーレ的要素の融合という独自の表現手法を拓いたが、それは自由な形式と堅固な論理の両立を求めた同時期のシベリウスの新たな創作概念に基づくものであったといえる。

キーワード:シベリウス、交響曲、交響的幻想曲、ソナタ形式

他者に聴かれることを意図しない音楽とその可能性 -寺内大輔の3作品による例証と考察-

寺 内  大 輔

 

【要 旨】 演奏会が他者への音楽表現を目的とした場であることに象徴されるように、通常、音楽作品は他者に聴かれることを前提として作られている。しかし、一方では、一人で演奏を楽しむ場合のように、他者に聴かれることを意図しない音楽表現が存在する。音を発する行為と自らが発した音を聴く行為とを楽しむという姿勢を意識化し、その方法を拡張・発展させることによって、他者に聴かれることを意図しない音楽を作品として成立させることができる。
 本稿では、他者に聴かれることを意図しない音楽が作品となり得ること、そのような作品と日常における音楽的営みとは相互に関わっていることなどを、『耳の音楽』(2003)、『内と外』(2007)、『くちづけ口琴』(2007)という、著者の3作品によって例証していく。そして、「他者に聴かれることを意図しない音楽」を意識し、追求することによってもたらされる、日常における音楽的営みへの関心の向上や、人と音楽との関わりの豊かさなどについて考察していく。

キーワード:音楽表現、即興演奏、音楽教育、音楽療法、口琴

演奏表現学習の補助的手段としての図形譜の有効性 ―パウル・クレーの音楽視覚化に基づいて―

井 上   朋 子

【要 旨】 五線譜に記された楽譜から、初歩的レベルの学習者が音楽の様々な表情を読み取ることは困難であるという現実がある。このような問題を解決するためには、音楽表現学習のための補助的教材として図形譜を用いることが、有効ではないかと考えた。パウル・クレーは様々な方法で音楽を視覚化したが、その中には、五線記譜法と共通する要素を多くもつ音楽視覚化の方法がある。そのようなクレーの方法を応用することによって五線譜から図形譜を作成し、初歩的レベルの学習者30人に演奏を依頼し、演奏後の内観を求めた。今回の調査結果からは、図形譜は音楽表現の学習にとって有効であるという結論を得た。

キーワード:演奏表現学習、パウル・クレー、図形譜

教材としての神楽囃子
─地域の伝統的な音楽の鑑賞を活かしたふしづくりの試み─

小 栗   志 乃

【要 旨】 本研究は、岐阜県土岐市鶴里町柿野に伝わる神楽囃子の鑑賞を、小学校音楽科における「おはやしづくり」の学習に取り入れる試みの研究である。児童は地域に伝わる伝統的な神楽囃子を鑑賞し、感じとった特徴をまとめ、その後展開していく「おはやしづくり」の参考とした。感じとったことを取り入れて「おはやしづくり」をしたことで、児童たちは、発想豊かに、節回しやモチーフの反復、装飾音などの特徴を取り入れ、より神楽囃子らしい演奏に近づけた。鑑賞から神楽囃子の特徴を捉えさせることで、日本の伝統的な音楽に親しませることができた。本実践研究の結果、児童たちの伝統文化に対する意識に変化がもたらされた。それは、神楽囃子にとどまらず、民謡など身近な日本の伝統音楽、地域の伝統文化に親しみを感ずるようになり、受け継ぐことの重要さを意識し始めたことであった。

キーワード:神楽囃子、おはやしづくり、鑑賞、創作

子どもの声の表現に潜在する伝統的感覚
―「物売りの声」の実践を例に―

加 藤 晴 子

【要 旨】 本研究では、子どもたちの声の表現に日本の伝統的な音楽感覚が潜在するかを明らかにすることを目的とする。その方法として、日本の伝統的な声の表現の特徴がみられる物売りの声を取り上げ、子どもたちが行った物売りの表現について、リズムと音高を中心に分析を行った。分析の結果、言葉を表現するための操作が加えられたことによって生じるリズムや音高の特徴が明らかになった。リズムに関しては語を伸ばす、縮める、間を取る等の言葉のもつ等時性・等拍等からの離脱、音高に関しては言葉の抑揚に従った自然な音高の推移と、その中での微妙な音高変化等である。それらを日本の伝統的な音楽や芸能にみられるリズムおよび音高の特徴と比較した結果、いくつかの直接的な関係が認められた。このことから本研究での試みについて、研究方法としての可能性が明らかになった。

キーワード:声の表現、伝統的感覚、リズム、モーラ、等時性

 

日本におけるシニアのピアノ学習研究について

古 庵 晶 子

 

【要 旨】 昨今の高齢化社会の到来において、主にシニア世代と呼ばれる50代から高齢者までの成人のピアノ学習の隆盛は、およそ20年前までは想像できなかったであろう。今やその学習者や指導者、および学習機会の正確な総数を知ることは不可能なほどになった。
 一方でシニア世代のピアノ学習についての学術的な研究については、まだ芽を出したばかりと言える。シニアのピアノ学習は、ともすれば音楽界に身を置く人々からも、単なる「楽しみ」として捉えられがちである。そこで、本稿ではシニアを中心とする成人のピアノ学習の変遷を踏まえ、学術研究と実践の場での傾向がわかるピアノ教育関連出版物を概観した。そこからシニアのピアノ学習研究において問題点と未開拓な点をあげ、今後進むべき方向性を検討した。今後のシニアのピアノ学習研究を確固たるものにする一助としたい。

キーワード:シニア、高齢者、ピアノ学習、生涯学習