『音楽表現学』目次と要旨一覧
音楽表現学 Vol. 9
【原著論文】
小畑 郁男
音楽表現と楽譜─読譜に関する2つの視点─
要旨: 本論の目的は、認知的ならびに音楽理論的知見を背景に、いわゆる西洋クラシック音楽やその延長線上にある音楽を対象とし、その音楽の表現を楽譜から読み取る作業に直接寄与する2つの視点を提起することにある。リズムと拍子の差異を明らかにし、差異を越えてその関係を包括的に捉える「1. 楽譜からリズム表現を構築するための視点」、原初的な群化を基点とし、時間構造の階層性を背景に行われる音のグルーピングについて述べ、旋律の発展を音のグループ同士の関係性として捉える「2. 旋律素材同士の関係性を発見するための視点」、「1.」「2.」で提起された2つの視点が、ショパン作曲《バラード第1番 作品23》の冒頭部分から第2主題開始部分までの分析を通して例示される「3. 音楽表現分析の実例による例証」の3部分より成る。
キーワード:リズム、拍子、記憶、楽譜、視覚化
多田 純一
澤田柳吉(1886-1936)の音楽活動と日本におけるショパン受容
要旨: 本研究は洋楽黎明期に活躍したピアニストの一人である澤田柳吉の音楽活動について検証し、彼の音楽活動が我が国のショパン受容に果たした役割、そして音楽家として担った役割について考察する研究である。 澤田の演奏に対する批評や記事を考察した結果、彼の音楽活動は日本におけるショパン受容に重要な役割を果たしていることが明確になった。日本にショパンという作曲家の音楽を普及させただけでなく、「澤田柳吉 = ショパン」というイメージを浸透させていた。また、聴衆が持つショパン像と自身の演奏に、「デリケイト」「神経質」「欝憂」といったドイツおよびイギリスで一般化されたショパンのイメージと一致させるという役割も明治期中に果たしていた。 彼の音楽活動は演奏活動、ピアノ教授、レコード録音、ラジオ放送と幅広く、洋楽黎明期において次々と現れる新たなメディアのすべてに対応しており、いずれの分野においてもパイオニア的な存在としての役割を果たしている。
キーワード:澤田柳吉、明治期、洋楽受容、ピアニスト、ショパン
曽田 裕司
音そのものをとらえる─幼児教育における音遊びの美学─*
要旨: 幼児の音遊びが持つ音楽的特徴として、構造性に対する素材性の優越と、音を出す子どもたちに創造的な選択権が十分与えられているという点をあげることができる。これらは、ジョン・ケージに代表されるアメリカ実験音楽の特徴と重なる。本稿は、音遊びに関する実践的研究の中に見出される、アメリカ実験音楽、とりわけケージの音楽やその背景にある美学と共通する諸概念について考察し、さらに後者の思想が、子どもの音遊び的感覚をどのように取り込んでいたのかについて検討する。この双方向からの考察を通して、実験音楽の基盤にある思想が、音遊びを支える美学になりうることを論じる。この議論は、幼児の音遊びが幼児教育の枠内で完結するものではなく、柔軟な感覚で新しい音楽を追求する先進的音楽文化と指向性を共有していることを示唆している。
キーワード:幼児教育、音遊び、美学、実験音楽、ジョン・ケージ
【評論論文】
竹内 直
早坂文雄の《交響的組曲「ユーカラ」》における音楽語法
─メシアンの音楽語法との関連性をめぐって─
要旨: 日本の「民族主義」を代表する作曲家の一人とされる早坂文雄(1914-1955)の《交響的組曲「ユーカラ」》(1955)は無調性への傾斜や複雑なリズム語法の使用などの特徴から、早坂の新しい境地を示した作品であるとされながら、これまでその音楽語法は明らかになってはいなかった。本稿は早坂の《ユーカラ》における音楽語法を、メシアンの音楽語法との関連から考察することを試みたものである。 早坂が《ユーカラ》において用いた音楽語法には、メシアンの音楽語法である「移調の限られた旋法」、「添加価値」をもつリズム、「逆行不能リズム」、「鳥の歌」と類似する手法が頻繁に用いられている。またそうした手法のなかには武満徹(1930-1996)の音楽語法との共通点もみられた。 早坂がメシアンに関心をもっていたという言説を踏まえれば、早坂の《ユーカラ》における音楽語法は、メシアンの語法との近親性を具体的に例示することになるだろう。またその語法は、武満徹をはじめとする早坂の影響を受けたとされる作曲家の語法との関係をより具体的に示しているといえる。
キーワード:早坂文雄 オリヴィエ・メシアン 武満徹 現代音楽
【研究報告】
大野内 愛1920年代のイタリアにおける小学校唱歌教育の特質
—「1923年プログラム」と小学校唱歌指導書(1924)の分析をとおして—
要 旨: イタリアでは1859年に公教育が誕生し、教育についてのプログラムのもとで義務教育が始まった。1923年にはジュゼッペ・ロンバルド=ラディーチェ(Giuseppe Lombardo-Radice)の改革により、唱歌教育は音楽教育の基礎的な内容を含むものとなり、教科として位置づけられた。本稿では、この改革を受けて1924年に出版された小学校唱歌指導書Guida teorico pratica per l’insegnamento del canto corale e della musicaを分析し、唱歌教育の内容と指導法を探った。その結果、①生徒の視点に立った考え方をもっていること、②すべての教師に指導が可能な唱歌教育を目指していること、③模倣させるという指導法が重視されていること、の3点が、当時の小学校唱歌教育の特質として明らかになった。
キーワード:イタリア、唱歌教育、1923年プログラム、小学校唱歌指導書
上山 典子
アウグスト・ゲレリヒの日記にみるリストのピアノ教授法*
要 旨: フランツ・リストは晩年、マスター・クラスと呼ばれるピアノ・レッスンを無償で行い、後進の育成に力を注いだ。本稿は実際にリストのレッスンを聴講し、また直接指導を受けた弟子アウグスト・ゲレリヒが残した日記から、リストのピアノ教授法に関する部分を抽出し、「音楽院」に関連するリストの発言に焦点を当てて、その意味するところを検討する。
リスト・スクール内で「音楽院」はリストが批判する演奏の代名詞として流通していた。また音楽院から派生した「フランクフルト風」そして「ライプツィヒ風」の表現も同様に、悪い演奏スタイルの典型と認識されていた。しかしリストは音楽院の教育を否定しようとしていたわけではない。リストが本当に批判の矛先としていたのは、「練習曲風」「理論的」「学問的」「学生風」と形容される味気のない平凡で不器用な演奏法であり、それらを「音楽院」という用語に集約させていたのである。
キーワード:リスト、ピアノ・レッスン、音楽院、リスト・スクール
【第9回(甘露)大会報告】
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日本音楽表現学会 「会則」等諸規定